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「怪我人ができたのかね」
と、房一は自然と紅黒い顔をひきしめた。相沢は随分永い間、それこそ房一がうんざりするほど永い間こつちをのぞきこんでいたが、
「今日はほんの御挨拶に上つたので、いづれ又ゆつくり――」
「さうか、――そんなに何もかも、こつちでして貰つてもえゝか」
「いやあ、全く」
「徳さんが新しいのを掛けてくれるまで待つていた方がいいかもしれませんね、これは」
で、この二人の間に交されたとんちんかんな立話は終りを告げた。
と、房一はほつとした面持になつて云つた。
「あの山に田地を注ぎこんで裸になつたのは三人、わしも知つとる」
「まあ、とにかく、御迷惑かもしれないが、一度御足労を願ひたいと思つてね」
徳次は答へることができないで、又あの不器用な笑顔をつくつた。それから、船がごとんと岸に突きあたるはずみに、房一の前にとび降りると、突拍子な調子で
勿論、その時代には温泉宿にかぎらず、すべての宿屋が大抵古風なお粗末なもので、今日の下宿屋と大差なきものが多かったのであるが、その土地一流の温泉宿として世間にその名を知られている家でも、次の間つきの座敷を持っているのは極めて少い。そんな座敷があったとしても、それは僅わずかに二間か三間で、特別の客を入れる用心に過ぎず、普通はみな八畳か六畳か四畳半の一室で、甚だしきは三畳などという狭い部屋もある。
向きなほつて云つた正文の声音は穏かではあつたが、その言葉とは不似合な強したゝかな調子があつた。